はじめに
行政書士という資格は、扱える業務の幅が非常に広いことで知られています。許認可申請、契約書の作成、相続に関する書類の作成など、その領域は多岐にわたります。
一方で、業務範囲が広いがゆえに、開業したばかりの行政書士が「何を専門にするか」で悩むことも少なくありません。
今回お話を伺ったのは、会社員として長く営業職を務めたのち、50歳で行政書士としてのキャリアをスタートさせ、今年1月から専業として独立された、とある先生です。先生が最初の専門分野として選んだのは、多くの同業者が敬遠しがちな「風営法(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律)」に関する許認可業務でした。
なぜ、あえて人が避ける分野を入口に選んだのか。そして、その選択が現在の墓じまい業務へとどのようにつながっているのか。本稿では、後発の専門家が自らの立ち位置を築いていく過程を、先生の言葉をもとにひも解いていきます。
第1章 50歳でのデビューと、選んだ「入口」
先生が行政書士として実務を始めたのは50歳のときでした。会社員と並行して資格取得と準備を進め、実務経験を積みながら、最終的に会社を離れて専業となっています。
開業にあたって先生がまず意識したのは、「自分はデビューが遅い」という事実でした。若くして開業し、すでに地域や分野で実績を重ねている先輩方と、同じ土俵で同じ仕事を取り合っても勝ち目は薄い。
そう考えた先生は、会社員との並行期間中に参加したシンポジウムや勉強会で耳にした、ある言葉に注目します。
それは、多くの先生方が「風俗営業以外の業務を受けている」、つまり風営法関連の業務は扱っていない、という話でした。
「どっちみちデビューも遅いし、人がやらないところから入っていこう」。先生はそう決め、風営法そのものの勉強に加えて、申請に欠かせない図面の作成についても一から学びました。そして、実際に風営法の許認可業務から行政書士としてのキャリアをスタートさせたのです。
開業初期の半年ほどは、手掛けた業務のほとんどが風俗営業関連だったといいます。最初の専門分野を風営法に定める行政書士は、決して多くありません。だからこそ、そこに後発者が入り込む余地があったと言えるでしょう。
第2章 なぜ多くの行政書士は風営法を避けるのか
では、なぜ風営法の業務は同業者から敬遠されがちなのでしょうか。先生は、その理由を大きく三つに整理してくださいました。
一つ目は、「保全対象施設」に関するリスクです。風俗営業の許可には、営業所の周辺に学校や幼稚園、図書館、病院などの施設がある場合には営業できないという規制があります。たとえば「半径100メートル以内」といった基準が設けられている地域もあり、その距離や対象となる施設は地域によって異なります。また、一部の繁華街ではこの規制の対象外とされているケースもあり、地域ごとの細かな確認が欠かせません。
問題は、風俗営業の申請が、店舗の内装などがおおむね完成し「営業できる状態」になってから行われる点です。つまり、申請の段階では依頼者の初期投資はすでに終わっています。もし行政書士が「ここなら営業できます」と安易に判断し、後から対象施設が見つかれば、依頼者に多大な損害を与えることになり、訴訟に発展する可能性もあります。先生は、この点が「非常に怖い」ところだと率直に語ります。
二つ目は、図面作成のハードルです。風営法の申請では、店舗の面積を正確に算出し、所定の図面を作成する必要があります。一般的な書類作成とは異なる技術が求められるため、この点に苦手意識を持つ先生も多いといいます。
三つ目は、依頼者層の特性です。業界の性質上、いわゆる「やんちゃ」な方と接する機会もあり、そこに心理的な抵抗を感じる専門家も少なくないようです。
法的リスク、技術的なハードル、そして依頼者層。これらが重なることで、風営法の業務は「できれば避けたい分野」になっているのです。
第3章 リスクを引き受けるための準備
先生は、これらのリスクを軽視していたわけではありません。むしろ、リスクがあるからこそ参入者が少なく、正しく準備をすれば専門性として確立できると考えたのです。
保全対象施設の問題については、営業予定地の周辺を丁寧に調査し、地域ごとの規定を確認することが何より重要になります。同じ都市の中でも、規制の対象となる地域と対象外の地域が混在していることがあり、その違いを正確に把握していなければ適切な助言はできません。
図面についても、先生は開業前の段階から学習を重ねました。面積の算出や図面の作成は、慣れれば確かな技術になり、他の許認可業務にも応用が利く力になります。
こうした準備の積み重ねは、専門家としての信頼につながります。依頼者にとって、「この先生に任せれば、見落としなく確認してくれる」という安心感は、何ものにも代えがたい価値です。人がやらない分野に取り組むということは、単に競争を避けることではなく、他の人が引き受けないリスクに対して責任を持つということでもあるのです。
第4章 「尖った分野」から広がった仕事
風営法から始まった先生の業務は、その後、少しずつ広がりを見せています。現在では、建設業や産業廃棄物関連の許認可業務も手掛けるようになりました。
そのきっかけとなったのは、先生が参加している異業種交流会の仲間たちでした。「まだやったことがないなら、練習でやってみなよ」「きちんと報酬は払うから、経験を積んだらいい」。仲間からそのように声をかけてもらい、実務の経験を積ませてもらったといいます。
専門分野を一つ持つことは、決して他の分野を閉ざすことではありません。むしろ、「この分野に強い先生」として認知されることで人とのつながりが生まれ、そこから新しい仕事の機会が広がっていく。先生の歩みは、そのことをよく示しています。
また、先生はもともとファイナンシャルプランナーの上位資格であるCFPを保有しており、その知識を改めて掘り起こしながら、相続に関する業務にも取り組み始めています。一つひとつの経験が、次の業務の土台になっているのです。
第5章 墓じまい業務への展開とこれからの展望
そして現在、先生が最も力を入れたいと考えているのが、墓じまいに関する業務です。
先生はご自身を「カテゴリーが尖っているのが好きな人間」と表現されます。以前から、お墓に関する業務を専門にしている行政書士がいるという話を聞き、「珍しいし、これから社会問題にもなっていく分野だ」と関心を寄せていました。そうしたなかで、交流会の仲間の紹介により、墓じまい業務を専門とする先輩の行政書士と出会い、一緒に取り組ませてほしいと申し出たところ快く受け入れられ、現在は共に業務にあたっています。
墓じまいの実務では、改葬許可の手続きに加え、墓石の撤去などを担う石材店との連携が欠かせません。先生は終活関連の展示会にも足を運び、石材施工の業界団体の方々との関係づくりにも取り組んでいます。見積もりの依頼などをスムーズに進めるためにも、施工を担う事業者との信頼関係は重要だと先生は考えています。
さらに、つながりを広げる相手として、葬儀関係の事業者、相続を扱う士業の方々に加え、意外にも訪問看護や訪問介護に携わる方々とも積極的に会っているといいます。人生の終わりに向き合う現場で働く方々は、ご本人やご家族が墓じまいや相続について悩みを抱えていることに、最も早く気づく立場にいるのかもしれません。
先生は今後、風営法の業務から少しずつ軸足を移し、墓じまいの分野を大きく育てていきたいと語ります。
まとめ
今回ご紹介した先生の歩みは、「人がやらない分野から始める」という明確な戦略に貫かれています。後発であることを自覚し、多くの専門家が敬遠する風営法の業務にあえて取り組み、そのリスクに正面から向き合うための準備を重ねてきました。
そして、その「尖った分野」を入口にして人とのつながりを広げ、建設や産業廃棄物、相続、そして墓じまいへと業務の幅を広げています。
墓じまいは、今後ますます多くのご家庭が直面する課題です。お寺の住職の皆さまにとっても、墓じまいを検討する檀家さんやご遺族からの相談を受ける機会は増えていることでしょう。手続きの面で支える行政書士、墓石の撤去を担う石材店、そして供養の面で寄り添うお寺。それぞれの専門家が連携することで、ご相談者にとってより安心できる墓じまいが実現できるはずです。
あえて難しい分野に挑み、責任を持ってリスクを引き受けてきた先生の姿勢は、専門家として信頼を築いていくうえで、多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。






