「自分の名前の看板で、どこまでやれるのか」――会社員から独立を選んだある行政書士の問い

はじめに

会社員として一定の成果を上げ、安定した収入を得ていながら、あえて独立という道を選ぶ人がいます。周囲から見れば「なぜ今さら」と思われるような決断の背景には、その人なりの切実な問いが存在していることが少なくありません。

今回お話を伺ったのは、長年にわたり会社員として営業職を務めたのち、行政書士として独立された、とある先生です。先生は今年1月から専業の行政書士として歩み始め、現在は許認可業務や相続、そして墓じまいに関する業務に取り組んでいます。

先生が独立を決意した根底にあったのは、「自分の名前の看板で、どこまでやっていけるのかを知りたい」という思いでした。本稿では、その言葉に込められた意味と、独立後の心境について、先生のお話をもとに考えていきます。

第1章 長年の営業職で抱いていた違和感

先生は大学へは進学せず、高校を卒業してすぐに社会に出ました。その後、民間企業で長年にわたり営業職としてキャリアを積んできました。

営業という仕事は、成果が数字として明確に表れます。目標を達成すれば評価され、未達であれば厳しく問われる。先生は、その環境のなかで「会社にずっと絞られっぱなしだ」と感じ続けていたといいます。

しかし、先生が抱いていた違和感は、単に仕事の厳しさに対するものではありませんでした。むしろ、成果を上げたときにこそ、心の中に引っかかるものがあったのです。

「売上を上げたとしても、いつも心のどこかで、これは会社の看板を背負っているからだと思うことがあった」。先生はそう振り返ります。取引先が話を聞いてくれるのも、契約が決まるのも、自分の力だけではなく、会社の名前と信用があってこそではないか。その思いが、長年にわたって先生の中にあり続けていました。

第2章 「会社の看板」と「自分の看板」

会社の看板を背負って仕事をすることは、決して悪いことではありません。組織の信用があるからこそ大きな仕事に携わることができ、多くの人と関わる機会も得られます。

ただ、先生が知りたかったのは、その看板を外したときに自分に何が残るのか、ということでした。

「自分の名前の看板で、一体何ができるんだろうとずっと思っていた。自分の名前でどこまでご飯が食べられる人間なのかを、死ぬまでに知ってみたいと思っていた」。

この言葉には、先生の独立への思いが凝縮されています。収入を増やしたい、自由に働きたいといった動機ももちろん無関係ではないでしょう。しかしそれ以上に、先生を突き動かしていたのは、自分という人間の実力を確かめたいという、純粋な探究心に近いものだったのではないでしょうか。

また先生は、会社員として定年を迎え、給料が大きく下がった状態で会社にしがみつき、その後の人生で何をしようかと考える。そうした将来像に強い違和感を覚えたとも語っています。それよりも、年齢を重ねても「会社員時代より自分の力で稼いでいる」と言える人生を送りたい。その思いが、独立という決断へとつながっていきました。

第3章 看板を失って初めて見えるもの

先生のお話の中で印象的だったのは、「会社の看板」を自分の実力と取り違えてしまう人が少なくない、という指摘です。

大きな会社の名前があれば、取引先は話を聞いてくれますし、営業もしやすくなります。その状態が長く続くと、あたかもすべてが自分の実力や人脈によるものであるかのように感じてしまう。ところが、いざ会社を離れてみると、それまでのつながりの多くが会社の名前に紐づいていたことに気づかされる。先生は、そうした例を見聞きしてきたといいます。

なかには、退職して長い年月が経っても、かつて所属していた会社の名前を自らの肩書きのように語り続ける人もいます。もちろん、そこで培った経験や能力は本物であり、誇るべきものです。しかし、先生が求めていたのは、過去の所属先の名前ではなく、今の自分の名前で評価される働き方でした。

会社の看板の力を正しく理解していたからこそ、先生は「自分の看板」で勝負することの難しさと価値を、誰よりも深く認識していたのかもしれません。この冷静な自己認識こそが、独立後の地道な努力を支える原動力になっているように感じられます。

第4章 独立を選んで後悔はないか

会社員という安定した立場を離れることには、当然ながら不安も伴います。収入の保証はなく、仕事は自分で取りに行かなければなりません。

それでも、独立を選んだことに後悔はないかという問いに対し、先生は「全く後悔していない」と即答されました。独立直後は会社員時代と比べて収入面で厳しい時期があることも覚悟したうえで、それでも「会社員に戻りたいとは思わない」と言い切ります。

先生は現在を、将来に向けた「土台づくりの時期」と位置づけています。これまで会社員としての経験しかなかったからこそ、独立してからの最初の数年間は、事業の基盤を固めるための我慢の期間だと捉えているのです。そのうえで、必ず事業を大きく育てていくという強い意志を持っておられます。

墓じまい業務で共に仕事をしている先輩の行政書士からも、開業初期の苦労は誰もが通る道であると励まされたといいます。先を歩む人の経験談は、独立したばかりの人にとって大きな支えになるものです。

第5章 自分の看板を育てるための「土台づくり」

では、自分の看板を育てるために、先生は今どのようなことに取り組んでいるのでしょうか。

その中心にあるのが、人とのつながりづくりです。先生は異業種交流会に参加し、さまざまな業種の方々と関係を築いています。実際に、交流会の仲間から建設業や産業廃棄物関連の許認可業務の経験を積む機会をもらい、また墓じまい業務を専門とする先輩の行政書士とも、交流会の仲間の紹介を通じて出会いました。

さらに、墓じまいの分野では、葬儀関係の事業者や相続を扱う士業の方々、訪問看護・訪問介護に携わる方々とも積極的に会い、関係を広げています。終活関連の展示会にも足を運び、墓石の撤去などを担う石材施工の事業者との関係づくりにも取り組んでいます。

会社の看板があった頃は、会社の名前が人と人をつないでくれていました。しかし独立した今、その役割を果たすのは先生自身です。一人ひとりとの出会いを大切にし、信頼を積み重ねていくことが、そのまま「自分の看板」の価値を高めていくことにつながります。

先生はまた、自己紹介や名刺交換をした方に向けて、自身の専門分野を伝えるためのウェブサイトも自ら作成しています。現在は、特に墓じまいの分野を前面に打ち出していきたいと考えているそうです。

まとめ

「自分の名前の看板で、どこまでやっていけるのか」。先生が独立を決意した背景には、長年の会社員生活の中で抱き続けてきた、この問いがありました。

会社の看板の力を正しく理解し、それを自分の実力と混同しない冷静さ。そして、その看板を外したうえで自分の力を試したいという挑戦心。この二つが、先生の歩みを支えています。

独立後の道のりは決して平坦ではありません。それでも先生は、今を土台づくりの時期と捉え、人とのつながりを一つひとつ築きながら、自分の看板を育てています。

墓じまいや終活の分野では、ご相談者が「誰に相談すればよいか」を慎重に見極めることが少なくありません。お寺の住職の皆さまにとっても、檀家さんから墓じまいの相談を受けた際に、信頼できる専門家とつながっていることは大きな安心材料となるでしょう。組織の名前ではなく、自らの名前と誠実な仕事で信頼を得ようとする専門家の存在は、これからの終活の現場においてますます重要になっていくのではないでしょうか。

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