先代との考えの違いにどう向き合うか ―― 後継者が抱える「もどかしさ」と、次の世代へ向けた準備

はじめに

寺院の後継者にとって、避けて通れない課題のひとつが「先代との関係」です。長年にわたって寺を守ってきた先代の歩みには深い敬意を払いつつも、時代の変化を肌で感じる後継者の目には、「このままでよいのだろうか」という疑問が浮かぶことも少なくありません。

今回は、ある地域の浄土真宗寺院で、現住職である父親を支えながら寺務に携わる一人の僧侶(以下、A氏)にお話を伺いました。

インタビューの中でA氏の口から何度も語られたのは、「モヤモヤしながら」という言葉でした。やりたいことはある。しかし、先代が健在であるうちはなかなか形にできない。本稿では、多くの寺院が直面しているであろうこの課題について、A氏の率直な言葉をもとに考えていきます。

第1章 変わらない寺の日常と、後継者の立ち位置

A氏が現在担っている寺の仕事は、主にお盆参りと葬儀の手伝いです。お盆の時期には門徒一軒一軒を訪ねてお参りをしますが、その中心を担うのは現住職である父親であり、A氏は地元の門徒のもとを回るという役割分担になっています。

葬儀についても、近年は一人の僧侶で執り行うことが増え、A氏が出向くのは必要に応じた場合に限られます。「お寺の仕事は何かと問われれば、それが主なもので、逆に言えば、それ以外にはなかなか携われていない」とA氏は語ります。

寺院運営の方針、法話の内容、門徒との関わり方。こうした寺の根幹にかかわる部分は、現在も住職である父親がほぼすべてを担っています。家のお勤めも法事も父親が務めるため、A氏には自らの言葉で教えを語る場もほとんどありません。後継者として寺にいながら、寺の未来にかかわる判断には手が届かない。この立ち位置こそが、A氏の「もどかしさ」の出発点となっています。

第2章 先代の「これまで」と後継者の「これから」

A氏には、寺のあり方について「こうすればよいのに」という考えがあります。しかし、それを口にすると、先代には「これまでのやり方を否定された」と受け取られてしまうことがあるといいます。また、新しい取り組みを提案しても、「今の門徒さんにそんなやり方をしても分からない」「そんなことをしても」と返されることも少なくありません。

先代の立場から見れば、長年にわたって門徒と築いてきた関係や、積み重ねてきた作法には確かな重みがあります。寺に足を運ぶのが主に年配の方々である以上、その方々に分かりやすいやり方を守るという判断にも、一定の合理性があるでしょう。

一方、A氏が大切にしたいと考えているのは、祖父母の世代ではなく「若い世代の門徒」にどう働きかけるかという視点です。A氏の寺は地方にあり、都市部へ移り住む門徒も年々増えています。いま寺に足を運んでいる世代だけを見ていては、次の世代との縁が途切れてしまうのではないか。A氏の危機感はそこにあります。

「お葬式やお通夜のときに『あのお寺さんの話はよかったな』と思ってもらえること。それだけで何かが変わるわけではないけれど、そういうことを大事にしなければならない」。A氏のこの言葉には、門徒一人ひとりとの縁を次の世代へつなぎたいという思いが込められています。

先代が守ろうとしているのは「これまで」であり、後継者が案じているのは「これから」です。どちらも寺を思う気持ちから生まれたものであるからこそ、両者のすれ違いは簡単には解消されません。

第3章 前住が健在であるということ

住職の交代時期について尋ねると、A氏からは「おそらく父が亡くなるときか、入院しなければならなくなったときでしょう」という答えが返ってきました。父親はいまも元気で、「自分がいなければ任せられない」という思いを強く持っているといいます。

寺院の世界では、何をするにも住職の意向が第一とされます。住職が首を縦に振らなければ、どれほど必要だと感じる取り組みであっても前に進めることはできません。先代が健在であるうちは思うように動けないという悩みは、決してA氏だけのものではなく、多くの後継者に共通するものといえるでしょう。

A氏も、寺の運営ややり方について「もう少しこうしたら」と提案しては衝突することを何度か繰り返しました。そしてあるときから、「もう言うのはやめた」と決めたといいます。

これは諦めではありません。親子であり、師弟でもある関係を壊さずに、寺を次の代へ引き継ぐための一つの判断でした。正面からぶつかり続けることで失われるものの大きさを、A氏は誰よりもよく分かっていたのかもしれません。

第4章 衝突ではなく「蓄える」という選択

言うことをやめたA氏が選んだのは、「自分の代になったらやってみたいこと」を書き溜めていくという道でした。日頃の法話では語る機会のない仏教の話や、自身が考えていることをノートにまとめ、いつか門徒に届けられるよう準備を続けています。

構想の一つは、法話で配布するプリントにQRコードを添え、そこから読み物へ誘導するというものです。限られた時間の対面では伝えきれない内容を、門徒が自分のペースで読めるようにする。そうした仕組みがあれば、寺と門徒の接点は大きく広がるはずです。

また、仕事を終えた後の夜の時間に、一時間ほどの勉強会を開くことも思い描いています。対象は門徒に限りません。男性の会、女性の会、あるいは垣根を設けない集まりでもよい。コーヒーを飲みながら気軽に仏教の話ができる場をつくりたいと、A氏は語ります。

さらにA氏は、話す内容だけでなく「見せ方」も変えていきたいと考えています。黒板と配布プリントだけで難しい話を聞いてもらうのではなく、スライドを映しながら目でも分かるように伝える。聞き手の年齢や関心に合わせてアプローチを変えられるよう、いつでも語れる「ネタ」を集めておく。代替わりのその日に向けて、A氏の準備は着々と進んでいます。

第5章 小さな一歩は、今からでも踏み出せる

とはいえ、A氏はすべてを「自分の代になってから」と先送りにしているわけではありません。お盆参りでは一軒ごとに話をする時間がほとんどないため、その年に身の回りで起きた出来事を仏教の視点から綴った一枚の読み物を用意し、門徒にそっと手渡すことを、いわば「こっそりと」始めています。来年はそこに、書き溜めたノートの内容へつながる仕掛けも加えてみたいと考えているそうです。

先代の方針と正面からぶつかるのではなく、許される範囲の中で少しずつ種をまいていく。その積み重ねは、代替わりの時点で大きな差となって現れるはずです。

A氏は、親の世代を「逃げ切り世代」と表現しました。これまでのやり方でも寺を維持できた世代と、同じやり方ではもはや立ち行かない世代。その境目に立つ後継者にとって、「寺のあり方や考え方、アプローチの仕方を変えなければならないのは、もう待ったなしだと思う」という言葉には、切実な実感がこもっていました。

一方で、A氏は先代のやり方をすべて否定しているわけではありません。寺としての機能を保つための取り組みと、教えを伝えるための取り組み。「どちらか一方だけが正しいということはない。両輪がしっかりしているという意識で、これからの寺に関わる者として考えなければならない」と語っていました。

まとめ

先代と後継者の考えの違いは、多くの寺院に共通する課題です。先代が健在であるうちは新しいことに踏み出しにくく、提案が「否定」と受け取られてしまうこともあります。しかし、その違いの根底にあるのは、いずれも寺を大切に思う気持ちにほかなりません。

今回お話を伺ったA氏は、衝突を繰り返すのではなく、構想を書き溜め、できる範囲で小さな試みを重ねるという道を選んでいました。代替わりはある日突然訪れるものでもあります。そのときに備え、「自分の代で何をしたいのか」を具体的に描いておくことは、後継者にとって何よりの準備となるでしょう。

同じもどかしさを抱える後継者の方々にとって、A氏の姿勢が、次の一歩を考えるきっかけとなれ馬と思います。

今回インタビューさせていただきましたA氏のNoteはこちら;https://note.com/keishin0513

関連記事

  1. 「このままではお寺がなくなる」という危機感から始まった、現代における寺院運営の第一歩

  2. 「お一人様」の老後と墓じまい――ある行政書士が伴走した終活の記録

  3. お寺と人をつなぐ最初の1ページ:パンフレット配布から始まる「敷居の低い」コミュニケーションの重要性

  4. 岩岡竜磨弁護士(大阪府)

  5. 3日に1回、お寺で何かが起きている ――年間100件超のイベントを12年間続ける理由

  6. 大神令子社会保険労務士(大阪府)