「勝ち負け」を超えた根本解決――泥沼の寺檀紛争

はじめに:法律では割り切れない「宗教の現場」

弁護士の使命は、依頼人の利益を守り、問題を解決に導くことです。しかし、宗教法人が関わる紛争、特に「お寺と檀家(門徒)」の対立においては、法廷で勝訴判決を得ることだけが正解とは限りません。そこには数百年の歴史、先祖への想い、そして地域社会の人間関係が複雑に絡み合っているからです。

今回ご紹介するのは、泥沼化した裁判の中で、あえて「お寺の移転」という極めて困難な選択肢を提示し、4年がかりで双方が納得する「再出発」を実現した、とある法律事務所の象徴的な成功事例です。

1. 紛争の背景:代替わりが招いた「心の断絶」

事案の発端は、ある由緒ある寺院での「住職の代替わり」でした。新たに就任した若き住職は、寺院の近代化と透明性の高い運営を目指しましたが、長年その寺を支えてきた古参の檀家グループとの間で、運営方針を巡る深刻な対立が生じました。

コミュニケーションの不足は不信感を生み、やがてそれは感情的な罵り合いへと発展しました。住職側が一部の檀家に対し「波門(門徒としての地位剥奪)」を宣言すると、激昂した檀家側は集団で結束し、住職および寺院法人を相手取って、名誉毀損による慰謝料請求と、信者の地位確認を求める裁判を提起するに至りました。

私がこの案件を引き受けた時、現場はまさに「一触即発」の状態でした。双方が弁護士を立て、法廷で激しく火花を散らしていましたが、争えば争うほど、双方の溝は深まるばかりだったのです。

2. 弁護士としての葛藤:「勝訴」の先にある絶望

私は寺院側の代理人として記録を精査し、裁判を進めていきましたが、常に一つの疑問を抱いていました。 「仮に裁判に勝ったとして、その後に何が残るのか?」

もし寺院側が勝訴し、「波門は有効である」との判決が出たとしても、檀家の方々はその土地に住み続けています。毎日のように顔を合わせる環境で、憎しみ合ったままの双方が共存し続けることは、地獄のような苦しみです。逆に、檀家側が勝訴して地位を取り戻したとしても、自分たちを拒絶した住職のもとで、晴れやかな気持ちでお参りができるはずもありません。

この問題の本質は、「法律上の権利」ではなく、修復不可能な「感情の壊死」にありました。私は、この紛争を「こじれにこじれた離婚騒動」と同じだと定義しました。

同じ屋根の下(同じ境内)にいる限り、誰が何を言っても解決はない。そう確信したのです。

3. 大胆な提案:お寺そのものを「移転」させる

私は依頼者である住職、そして裁判官と相手方弁護士に対し、極めて異例の提案をしました。 **「お寺を今の場所から物理的に移転させ、檀家の方々と完全に距離を置いてはどうか」**というものです。

この提案には、以下の3つの狙いがありました。

  1. 物理的隔離: 物理的に離れることで、日常的な摩擦を物理的に不可能にする。
  2. 経済的清算: 元の立派な本堂を売却し、その利益を移転費用や和解金に充てることで、過去のしこりに金銭的なケジメをつける。
  3. 環境の刷新: しがらみのない新天地で、住職が本来の宗教活動に専念できる環境を作る。

住職にとって先祖代々の土地を離れることは断腸の思いでしたが、「このまま紛争に人生を費やすよりも、未来の宗教活動を優先すべきだ」という私の説得を受け入れ、決断されました。

4. 4年間にわたる「見えない壁」との戦い

方針が定まった後、最大の難関となったのは「本山」との交渉でした。 本山側は当初、「門徒と揉めているからといって移転するなど言語道断」「伝統ある拠点を捨てるのか」と猛反対し、手続きにストップをかけました。これに対し、私は何度も本山の担当部署へ足を運び、「このままでは寺院そのものが自壊する」「これが唯一、双方が救われる道である」と、粘り強く説得を続けました。

さらには、都道府県への複雑な行政手続き、規則変更の認証、新たな土地の選定、そして旧本堂の売却先の確保など、専門家としての知見を総動員して一つひとつの障害を取り除いていきました。紛争発生から移転完了まで、気がつけば4年の歳月が流れていました。

5. 結末:離れることで得られた「真の平穏」

最終的に、お寺は新天地へと移転し、元の土地との縁を完全に切りました。係争中だった慰謝料等の請求も、移転に伴う解決金の支払いですべて円満に和解しました。

移転後、依頼者である住職からは「ようやく、朝起きてから眠るまで、紛争のことを考えずに読経に専念できるようになった。来てよかった」という、安堵の声を聞くことができました。

この事例は、当事務所が大切にしている「適切な解決」の象徴です。法律の物差しで測るだけでなく、当事者が明日からどう生きていくか。その未来を設計することこそが、私たちの存在意義なのです。

 

「専門家の窓口」の役割

「専門家の窓口」では、寺院のトラブルや経営に関する有益な情報を提供します。

オンライン相談で専門家にアクセスし、オンラインチャット形式で気軽に相談ができるシステムを近日公開予定です。

 

 

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