昨今のお通夜離れと火葬式の増加〜「もがり」から紐解く弔いの本質〜

はじめに

近年、日本の葬儀のスタイルは急速な変化を見せています。かつては親族や縁者が集まり、二日間にわたって故人を見送るのが一般的でしたが、現代では簡略化された葬儀を選ぶ遺族が増加しています。本記事では、急速に進む「お通夜離れ」と「火葬式」の増加という現状について、統計的な実感と歴史的な背景を交えながら、お通夜が本来持っていた意味について再考していきます。

火葬式が過半数を占める現状

現在の葬儀業界において、最も顕著な傾向の一つが「火葬式」の増加です 。ある大手葬儀会社では、月に120〜130件ほどの葬儀がある中で、そのうちの5割から6割、およそ半分以上が火葬式だったということもあります 。残りの半分が、1日葬や2日葬といったお式を伴う葬儀です 。新型コロナウイルスの感染拡大時にはこの火葬式の割合がさらに急増しました 。データ上ではその後3〜4割程度に落ち着いたように見えますが、現場の実感としては依然として5〜6割の割合で火葬式が選ばれ続けています 。

なぜ「お通夜離れ」が進むのか

火葬式や1日葬が主流になりつつある背景には、遺族や参列者の「お通夜に対する意識の変化」があります 。都心部などでは、「お通夜をやるのは面倒くさいから1日葬でいい」と考える遺族が増え、さらにはお寺側でさえもその風潮に流されつつあるという声も聞かれます 。また、少し前まではお通夜の後に通夜振る舞い(食事)をするのが当たり前でしたが、現在では食事を省略するケースも多くなっており、葬儀の簡素化がより一層進んでいるのです 。しかし、単に「面倒くさい」という理由でお通夜を省略してしまう風潮に対しては、専門家の視点から強い警鐘が鳴らされています 。

お通夜の本来の意義と歴史「もがり」

お通夜のルーツを辿ると、日本の古来の風習である「もがり(殯)」に行き着きます 。まだ医療技術が未発達で、医師による死亡診断がなかった時代、人は朝起きてこない状態になっても、生きているのか死んでいるのか確証が持てませんでした 。そのため、1日ほど遺体を安置し、蘇生を待つ「もがり」という儀式が行われていたのです 。現代でも故人の顔に白い布を被せますが、これも本来はドライアイスによる冷却のためではなく、もし故人が息を吹き返した時に、布が動くことで呼吸を確認できるようにするためのものでした 。お通夜は、この生死の境目を夜通し見守っていた「もがり」の風習の名残だとされています 。

儀式としてのお通夜の始まり

歴史的に見ると、もともとお通夜は現在のような決まった形式ではありませんでした 。現在のように多くの人が弔問に訪れるお通夜が定着したのは、高度経済成長期以降のことだと言われています 。本来は葬儀に参列するのがマストでしたが、仕事などで日中の葬儀にどうしても駆けつけられない人々のために、夜の通夜に顔を出すという文化が生まれました 。お通夜は礼服でなくても良いとされていたのは、急いで駆けつけるという意味合いがあったからです 。この風習が根強く残り、現在のお通夜の形が形成されました 。

今こそ見直したいお通夜の価値

「面倒くさいから」と省略されがちなお通夜ですが、実は遺族のグリーフケア(悲嘆のケア)において非常に重要な役割を果たしています 。お通夜は、故人と最後の夜を共に過ごし、家族が集まって思い出を語り合う貴重な時間です 。また、お寺によっては通夜説教を通じて、故人の生前の様子や戒名・法名の意味を伝える重要な場でもあります 。さらに、遺族にとっては1日で慌ただしく全てを終わらせるよりも、前日にお通夜を行うことで心を整え、翌日の最後のお別れに向けた心の準備ができるというメリットがあります 。実は、お通夜をしっかり行った方が、精神衛生上も遺族にとって負担が少なく、心が楽になるのです 。

終わりに

火葬式の増加は現代のライフスタイルを反映した結果かもしれません。しかし、日本の長い歴史の中で育まれてきた「もがり」や「お通夜」には、単なる宗教的儀式を超えた、遺族の心を癒やすための深い智慧が込められています。効率や手間だけを理由に省略するのではなく、残された人々が心残りなく故人を見送るための「大切な時間」として、お通夜の価値をもう一度見つめ直す時期に来ているのではないでしょうか。

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