境内に子どもたちの歓声が響く。大人たちが順番に杵を振り上げ、もち米を打つ音が境内に響き渡る。その隣では、プラスチック製の竹筒を流れる水の中に、そうめんやプチトマト、ゼリーが次々と投入されていく。大阪市内のとある地域のお寺では、夏と冬の風物詩として餅つき大会と流しそうめんが定着し、毎回100名を超える参加者が集まる。「なぜお寺でこんなことを」と思う方もいるかもしれないが、その背景には、地域の子どもたちに「本物の体験」を届けたいという思いがある。
今回はNPO法人 縁遊さんにインタビューさせていただいた内容を元に記事作成をしております。
臼があったから、始まった
餅つきを始めたきっかけは、実に素朴なものだった。境内の端に、長年使われず埃をかぶった臼が置いてあった。「なんでここにあるのかもわからなかった」と副住職は振り返るが、そこにあるなら使ってみようという発想から、まず身内とスタッフだけの練習会を開いたのが始まりだという。
臼はたわしで丁寧に洗い、新しいタオルで拭き上げた。木の臼は何度洗っても表面が削れるため、最終的には石臼へと切り替えた。後に地域の方から「使わないから」と石臼を譲り受け、現在は3基が揃っている。準備の過程そのものが、地域とのつながりを育んでいた。
最初にイベントとして開催した際には、当初から100名を超える参加者が集まった。折り込みチラシを入れなくても、掲示板とチラシの手渡しだけで人が来る。夏と冬に開催されることが地域に浸透しており、「そろそろあの季節だ」という感覚が参加者を呼ぶのだという。
餅つきの当日――運営の工夫と温かい配慮
当日は4回の搗き工程を行う。大人が搗いて出来上がった餅を、子どもたちが順番に体験する形式だ。使用するもち米は約10〜12キロ。「意外と少ないでしょう」と副住職は言うが、1人あたり1〜2個の試食という設定にすることで、参加人数に対してバランスよく行き渡る。
餅の味付けはきなこ、あんこ、おろし大根、醤油の4種類を用意。食べる量に個人差があるため、少量ずつ多様な味を楽しめるよう工夫している。小学6年生以下は無料とし、大人からは500円の参加費を徴収。豚汁は別途150円で提供し、材料費に充てている。物価上昇の中でも子どもたちへの門戸を開いておくことへの、副住職の静かな意志が感じられる運営方針だ。
餅つき体験は現代の子どもたちにとって貴重な機会となっている。かつては子ども会や幼稚園などで親しんだ文化だが、衛生面や準備の手間などを理由に各地で減少しているという。「なくなってきているのはわかっている。だからこそ続けていきたい」という副住職の言葉には、文化の継承者としての矜持がにじむ。
流しそうめん――竹からプラスチックへの変遷
流しそうめんもまた、子どもたちに人気の夏のイベントだ。「子ども向けのイベントをもう1つ増やしたい」という発想から企画に上がり、最初は大工に頼んで竹を半分に割り、手作りの樋を用意した。しかし翌年、再利用しようと保管していた竹から虫が湧いてしまったことで、素材をプラスチック製に切り替えた。「一度買ってしまえば使い回せる」というシンプルな判断だったが、これが安定的な運営を可能にした。
現在のプログラムでは、そうめんだけでなくプチトマト、ゼリー、ちくわなど多彩な食材を流している。頭上に設置したホースから水を流し続ける方式を採用しており、次々と食材が流れてくる賑やかな演出が子どもたちの歓声を呼ぶ。「大人の方が盛り上がっているときもあります」と副住職は笑う。子どもを優先しながらも、親や祖父母世代が一緒に楽しめる場になっているのだ。
水を流す役割はスタッフが担うが、参加者が少なくなってきた時間帯には、残っている子どもたちに交代で担当してもらうこともある。参加者が「運営側」にも関わることで、イベントへの主体的な参加意識が生まれる。この小さな工夫が、次回の参加へとつながる。
「体験」の価値を問い直す
餅つきも流しそうめんも、食べ物としての目的よりも「体験すること」に主眼がある。「食べる人は食べるし、体験だけでいいという方もいる」と副住職は言う。量よりも質、消費よりも参加。このイベントで大切にしているのは、子どもたちが五感を使って「昔ながらの文化」に触れる時間を持つことだ。
現代において、子どもたちが地域の大人と一緒に体を動かし、季節の食文化を体験する機会は急速に失われつつある。共働き世帯の増加や少子化による地域コミュニティの希薄化が進む中、お寺という場所がその受け皿になれるとしたら、それは宗教施設の新しい社会的価値といえるのではないだろうか。
「子どもが集まると、自然と大人も来る」という副住職の言葉は、地域イベントの本質を突いている。子どもの笑顔が地域をつなぎ、そのつながりがお寺と地域の関係を深める。餅つきと流しそうめんは、単なる季節行事を超えた、地域再生のための装置として機能している。
おわりに
臼が一つ境内に置いてあったことから始まった餅つき。「何かイベントをもう一つ」という発想から生まれた流しそうめん。どちらも、大げさな計画や潤沢な予算から生まれたものではない。身近にあるものを活かし、地域の子どもたちに喜んでもらいたいという純粋な思いが、12年間の継続を生んだ。
お寺という場所には、もともと地域の人々が集う機能があった。それを現代の形で取り戻そうとする試みは、他のお寺にとっても参考になるはずだ。まず一つ、自分のお寺でできることから始めてみることが、地域とのつながりを再生する第一歩になるかもしれない。
NPO法人 縁遊
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