遺言書の普及率はなぜ低いのか——相続トラブルを未然に防ぐために今できること

第1章:遺言書の普及率は10%未満——現状が示す課題

相続をめぐるトラブルは、決して資産家だけの問題ではありません。むしろ、それほど多くない財産だからこそ「もう少しもらえるはず」という気持ちが強くなり、感情的な対立に発展するケースが後を絶ちません。

こうした問題を未然に防ぐ手段として有効な「遺言書(遺言証書)」ですが、その普及率は全体で10%に満たない水準にとどまっています。60代から80代の年齢層に絞ってみても3.4%程度という調査もあり、自分の意思を文書で残す文化は、日本ではまだ十分に根付いているとは言えません。

なぜ遺言書はここまで普及していないのでしょうか。そして、普及を阻む壁をどう乗り越えるか——相続を専門とするある行政書士の先生の実践から、そのヒントを探ります。

第2章:「困ってから来る」という現実——予防的相談の重要性

相続や遺産整理の相談窓口には、「手続きが必要になってから」「困ってから」相談に来られる方がほとんどです。しかし、問題が表面化してから動き始めると、感情的な対立がすでに深まっていることも多く、解決に要する時間も労力も大きくなります。

ある行政書士の先生はこう話します。「相続放棄の期限が3か月以内であることや、遺産分割の手続きの流れなど、少し知っていれば対応できたことも、全く知らないまま状況が悪化しているケースが多い。もっと早く相談に来ていただければ、と思う場面は少なくありません」。

問題が起きる前に相談できる関係性や場をつくること——それが、専門家として今最も力を入れたいことだと、先生は語ります。お寺の住職や地域のコミュニティも、この「予防的相談」の入口として大きな役割を担える可能性があります。

第3章:遺産分割の話し合いの場で何が起きるか

遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。しかし、この話し合いの場は、長年積み重なった家族の複雑な感情が噴き出す場にもなりえます。

よくあるのは「ずっと親の面倒を見てきたのに、何もしていない兄弟と同じように扱われるのはおかしい」という訴えです。また、「昔もらっていたはずだ」「そんな事実はない」という水掛け論になることも珍しくありません。ある先生は「感情的な部分が解決の糸口になることもある。じっくり話を聞いて、少しずつ場をまとめていくプロセスが大切」と語ります。

その一方で、どうしてもまとまらないケースも存在します。感情的な対立が深く、専門家では対処できない段階に達した場合は、弁護士への引き継ぎが必要になることもあります。こうした事態を避けるためにも、やはり生前の意思表示——遺言書の作成が有効な手立てとなります。

第4章:遺言書を身近にするための「言葉」のチカラ

遺言書の普及を阻む要因の一つとして、「縁起が悪い」「まだ早い」という心理的ハードルがあります。しかし、この心理的距離を縮めるための語りかけ方は工夫できます。

相続の本来の意味——想いを継ぐこと——を伝えることで、遺言書の意義がより身近なものとして受け取られやすくなります。「財産をどう分けるかだけでなく、自分がどう生きてきたか、何を大切にしていたかを伝える手段」として遺言書を位置づけることで、重い腰が上がることもあるでしょう。

お寺の住職の言葉は、この点において特別な重みを持ちます。法要の場や終活相談の機会に「遺言書を残すことは、家族への最後の贈り物になります」と語りかけることは、専門家の説明以上に相手の心に届くこともあります。

第5章:お寺・専門家・地域が連携する相続支援の形

相続トラブルを未然に防ぐためには、お寺・行政書士などの専門家・地域コミュニティが連携した支援の体制づくりが求められます。困る前に相談できる場、想いを伝えやすい雰囲気、そして正確な法律知識の提供——この三つが揃って、初めて予防的な相続支援が成立します。

ある先生が掲げるビジョンは、「100年先も安心して暮らせる地域に貢献できる事務所」。一件一件の相談に誠実に向き合い、地域の人々の人生の節目を支え続けることで、信頼の積み重ねが地域全体の安心につながっていくと言います。

遺言書の普及率が10%に満たない現状は、裏を返せば、まだ多くの方に届けられるメッセージがあるということです。お寺が果たせる役割は決して小さくありません。法要や終活の場を通じて、「想いを継ぐ準備を、今から始めましょう」と伝えることが、地域の相続文化を変える第一歩になるかもしれません。

 

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※本記事はインタビューをもとに構成しています。個人・地域が特定できる情報は一部変更しています。

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