寺院の過疎化と檀家数の激減予測―20年後の衝撃的な現実

はじめに

「20年か30年ぐらいすると檀家数が6割ぐらい減る見込みです」-ある地方寺院の住職が語る予測は、多くの寺院が直面する厳しい現実を数字で示している。過疎化、高齢化、そして世代交代。これらが組み合わさることで、寺院経営は根本から揺らぎつつある。

衝撃の予測:檀家6割減

「今の人が亡くなったら家が絶えてしまう。」-この住職が管理する寺院では、現在の檀家の多くが高齢者だ。そして、その子供世代は遠方に住んでいる。

つまり、現在の檀家が亡くなれば、その家系は途絶える。次世代は遠方におり、檀家関係を継続する見込みは薄い。この状況が寺院全体で進行すれば、「結局お寺の近くに残る檀家さんが今の4割ぐらいになる」という計算になる。

6割減。これは単なる現象ではなく、壊滅的な数字だ。

布施収入の激減

檀家が6割減れば、何が起きるか。「お寺の運営というのがもちろん布施収入的には厳しいものになるかと思います」という言葉は、控えめな表現だ。

寺院の主な収入源は、檀家からの布施である。葬儀、法事、お盆、お彼岸。これらすべてが檀家数に比例する。6割減は、収入が6割減ることをほぼ意味する。

現在、300件以上の檀家を持つこの寺院は、「生きていくには今んところ大丈夫」の状態だ。しかし、「6割減るとちょっと厳しい」。さらに深刻なのは、「自分たちの次の代は大丈夫か? いや、次の代か、その次の代ぐらいでちょっと別の仕事しながらお寺やらないかん状況になりそう」という見通しだ。

つまり、専業僧侶としての維持が困難になる。兼業を余儀なくされる。しかし、「他の仕事しながら自分の業をするのは難しいのでお坊さんの質も下がる」という懸念がある。寺院経営の問題は、単なる経済問題ではなく、宗教者としての質の低下にまで及ぶのだ。

遠方に住む子孫たち

なぜこのような事態になったのか。根本原因は明確だ。「やっぱり次の世代の方が遠方に住まれているケースが増えてきまして」

かつては、子供は親の近くに住むのが当たり前だった。しかし現代では、進学、就職、結婚を機に、多くの若者が都市部へと移っていく。そして一度都市部に生活基盤を築けば、地元に戻ることは稀だ。

直近の事例として、住職が語るケースがある。ある檀家の子孫が大都市に移り住んだ。「この方とかはこっちにお寺(地元)に帰ってこられて」おり、当初は地元の墓に入る予定だった。「墓も、(大都市)に作ろうか、(地元)に作ろうか悩まれとって」という状態だった。

しかし、「ご主人さんが急に亡くなってしまい」、状況は一変する。「やっぱり家族が(大都市)にいるから、(大都市)がいいね」となった。「ご主人さんは生まれ育ったところがいいって言ってたがやっぱり僕も近場が(大都市)でしたら」と、結局は大都市で墓を構えることになった。

「亡くなられたから、うちのお寺との檀那寺人の関係をもうやめさせてほしい」-この一言が、檀家減少の現実を物語っている。

四十九日で終わる関係

興味深いのは、関係の切り方だ。「葬式と四十九日とお盆とか、四十九日で終わりって言ったんやけどやっぱりお盆も来てください」と、当初は段階的な離脱を考えていた。

しかし最終的には、「向こうでお寺さんを探したいからご紹介いただけますか」と、完全な転寺を希望する。地元の寺院との関係は、四十九日で終了。その後は、移住先の寺院に檀家として所属する。

このパターンは、今後さらに増えるだろう。現在の檀家の子孫世代が都市部に住んでいる場合、その大半が同様の選択をする可能性が高い。

過疎地域の現実

この寺院が位置する地域の状況は、深刻だ。「年間にだいぶ生まれる数がすごい少なくて、で、亡くなる数の方がもう何倍もあります」

人口の自然減が進行している。さらに象徴的なのは、「近くの小学生が昔は集団登校がちらほら見えよったのがもうないんですよ、子供が」という光景だ。

子供の姿が消えた地域。これは、将来の檀家がいないことを意味する。「もうおそらくこの町は人口減です」という認識は、単なる予測ではなく、確定した未来なのだ。

寺院側の対策:お寺新聞

この状況に対し、寺院はどう対応しているのか。「今ある檀家さんに、常日頃からお寺のことを感じてもらえるように」という方針のもと、具体的な取り組みを行っている。

「私の代でお寺新聞を年2回発行」――お盆の時期と年末の時期に、寺院の情報を発信する。「世話役さんがいる地域には配ってもらって、世話役さんの手から離れたところは郵送でお寺から送らせていただいて」という配布方法だ。

内容は「行事の案内とか、Q&Aとか法話とか」。目的は明確だ。「お宅の檀那寺はうちですよ言って意識を持ってもらうように努めております」

つまり、物理的に離れた檀家に対し、定期的に接点を持つことで、お寺としての存在を忘れられないようにする戦略だ。

若い住職の危機感

この住職は30代後半で、10数年前に住職に就任した。

最初の数年は、「何も分からなかったので、書類の整理とお檀家さんの家を覚えるとか見回りに行く」という基本的な業務に追われた。

さらに、「当時の総代さんが町の町長さんをしておるような方」で、「なかなか僕にとっては厳しいというか、この距離感に迷いつつ」という人間関係の苦労もあった。

しかし、「6年後ぐらいに、お寺をどうやって守ったらいいかっていうことにやっと意識が向いてきて」、ようやく寺院の将来を考える余裕が生まれた。

そこで見えてきたのが、今回語られた厳しい予測だ。「次の次の代ぐらいでちょっと別の仕事しながら」という見通しは、若い住職だからこそ、自分の問題として実感できる現実なのだ。

「今悩んでも仕方がない」という諦観

この厳しい予測に対し、住職の言葉には諦観が混じる。「今悩んでも仕方がないんですけど心配しますね」

確かに、人口減少は止められない。若者の都市部流出も止められない。檀家の減少も避けられない。「今悩んでも仕方がない」という言葉は、現実を直視した上での、ある種の覚悟を示している。

しかし同時に、「心配しますね」という本音も漏れる。寺院を守りたい。しかし、どうすればいいのか。明確な答えは見えない。

新規檀家獲得の限界

では、新規の檀家を獲得すればいいのでは、という発想もあるだろう。しかし、過疎地域ではそれも困難だ。

そもそも人口が減少している地域では、新規の檀家候補となる人々がいない。さらに、多くの人は既に檀那寺を持っている。檀那寺を変えるという選択は、よほどの理由がない限り起こらない。

つまり、新規獲得による補填は、現実的ではないのだ。

結語

寺院の過疎化問題は、数字で見ると衝撃的だ。20〜30年で檀家が6割減。これは、多くの地方寺院が直面する、あるいは直面しつつある現実だ。

布施収入の激減、専業僧侶の維持困難、そして寺院の質の低下。問題は連鎖し、悪循環を生む。

お寺新聞の発行など、できる限りの努力は行われている。しかし、人口減少という大きな流れの前には、個々の寺院の努力だけでは限界がある。

「今悩んでも仕方がない」という言葉の裏には、深い無力感がある。しかし同時に、それでも寺院を守り続けようとする、若い住職の覚悟も感じられる。

20年後、30年後。日本の寺院はどうなっているのか。この予測が現実にならないことを願うばかりだが、現状を見る限り、楽観は許されない。寺院存続の危機は、もはや「いつか来る未来」ではなく、「すでに始まっている現在」なのだ。

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