1.住職には退職金がない——気づかれにくいリスク
「住職にも退職金が必要なのですか?」——お寺の方々を訪問する中で、担当者がしばしば耳にする言葉である。住職という立場は生涯その役職に就き続けるものというイメージが強く、「退職」という概念そのものが馴染みにくい面がある。しかしその認識のすき間に、深刻な経済的リスクが潜んでいる。
一般企業に勤める会社員であれば、退職金は勤続年数に応じて積み立てられ、定年時に受け取ることができる。中小企業の経営者でも、役員報酬と在任期間をもとに退職金を受け取る権利が認められている。しかし住職の場合、こうした制度が自動的に用意されているわけではなく、個人や法人として意識的に準備しなければ、何も残らないままになってしまう。
担当者がこの問題を広く伝えようとするのは、「老後に何もない」という現実を多くの住職が引退後に初めて直面するケースを、これまで何度も目にしてきたからだ。
2.お寺の財産は「個人の資産」にならない
お寺という建物や土地は、宗教法人として公益のものと位置づけられている。そのため、住職が長年にわたってそのお寺を守り続けてきたとしても、建物も土地も個人の資産にはなり得ない。
「一般企業であれば、自社ビルや資本金が経営者の資産と連動することもあります。しかしお寺の場合、どれだけ立派な本堂や広い境内があったとしても、それは宗教法人のものであり、住職個人の財産とはみなされません」
この構造を担当者はわかりやすくこう例えている。
「住職の立場は、ある意味でマンションの管理人に近いかもしれません。管理人として長年そのマンションを守ってきたとしても、マンション自体は自分のものではない。管理会社を通じて退職金が出る仕組みがあればいいですが、お寺にはそれがない。だから自分で作るしかないんです」
さらに深刻なのは、住職が引退した後の居住についても保証がないという点である。後継者がいない場合、宗派の本山から「名代住職」が派遣される可能性があり、その場合は住職の家族がそのお寺から離れなければならないケースもある。「家族が住む場所さえ不確かになるリスクを、多くの住職が意識できていない」と担当者は指摘する。
3.退職金の目安は「3,000万円」——根拠と積立の現実
では、具体的にどのくらいの退職金を準備すべきなのか。担当者が一つの目安として伝えているのは、3,000万円という数字である。
「一般企業の社長や役員でも、役員報酬・在任期間・功績倍率をかけ合わせた計算式の範囲内で、それ相応の退職金を受け取る権利があります。24時間365日、地域と檀家のために働き続けてきた住職であれば、なおさらそれだけの備えをする権利があると思っています」
積立の具体的な金額は、年齢や月々の余裕によって異なるが、担当者が目安として伝えているのはおおよそ以下の通りである。
50代の住職が月8〜10万円程度の積立を続けた場合、引退まで10〜20年の積立期間を経て、3,000万円規模の退職金を準備することが可能である。20〜30代の副住職であれば月2〜3万円程度から始めることができ、長い積立期間を活かして同水準以上の備えを整えることができる。
「早く始めるほど、月々の負担は小さくなります。逆に言えば、何も準備しないまま50代・60代を迎えてしまうと、積立できる期間が短い分、月々の負担が重くなる。だから副住職の段階から始めていただくのが、最も賢い選択です」
4.変額保険を活用した設計——柔軟性が「お寺向き」の理由
担当者が現在、退職金設計に主に活用しているのは変額保険(投資信託型の積立保険)である。かつてA社に在籍していた頃は米ドル建て外貨建て保険が中心だったが、独立後は商品の選択肢が広がり、よりお寺のニーズに合った設計が可能になった。
変額保険の最大の特長は、月々の保険料が固定されている点である。収入が読みにくいお寺にとって、毎月の支払いが一定額に抑えられることは大きなメリットとなる。また運用実績によって将来の受取額が変動するものの、長期積立であれば安定した資産形成が期待できる。
柔軟性という点でも、変額保険はお寺に向いている。途中で収入が減り、月々の支払いが苦しくなった場合でも、保障額を減額することで保険料の負担を下げることができる。また一時的に支払いを止めながらも、それまでの積立分を維持する「払済」という手段もある。
「急に法要が重なったり、修繕が発生したりと、お寺の支出は読めないことも多い。だから途中で融通が利く商品でないと、長続きしません。その点で変額保険は、現実的な選択肢になっています」
5.受取方法の工夫——「退職金+寺院の運営費」として活用する
担当者が提案する退職金設計の特徴は、単に「住職の老後資金を貯める」という発想にとどまらない点にある。積立した保険を退職金として受け取る際、その全額を一度に使い切る必要はなく、用途を複数に分けて活用することができる。
「たとえば6,000万円相当の積立があるとすれば、うち3,000万円を住職の退職金として受け取り、残り3,000万円はお寺の法人口座に残して活用することも可能です。収入が減った時の補填に充てるか、本堂や庫裏の大規模修繕に備えるか、次の世代の住職への引き継ぎ資金にするか——選択肢は広がります」
また、退職金には税金が発生するが、在任期間・功績倍率・役員報酬をもとにした計算式の範囲内であれば、税負担を適正に抑えることが可能である。お寺は一般的に在任期間が長くなりがちであるため、受け取れる退職金の枠が大きくなる傾向があり、その活用余地は相対的に広い。
「払える限り、大きめにかけておくことをお勧めしています。住職個人の老後を守りながら、同時にお寺という組織の未来を守る——その両方を一つの仕組みで実現できるのが、この設計の強みです」
次回は、実際のお寺との相談を通じて得た成功事例と、率直な失敗談をご紹介する。現場で起きたリアルな経験から、寺院における保険活用の注意点を学ぶことができる。





