少子高齢化と檀家離れが進む昨今、寺院経営のあり方は大きな転換期を迎えている。今回は、ある地域の住職(以下、A住職)にお話を伺い、現場で起きたトラブルへの対処法から、葬儀件数を大幅に伸ばすに至った実践的な取り組みまで、率直な声をまとめた。寺院の現状に向き合う方々にとって、何かしらのヒントになれば幸いである。
現場を震撼させた「墓じまいトラブル」
まず印象的だったのは、A住職が経験した墓じまいにまつわる深刻なトラブルである。
ある時、檀家のひとりから墓じまいの依頼を受け、石材店に撤去を発注した。ところが同一の霊園内に同じ姓の檀家が2件存在し、石材店の担当者が確認を怠ったまま、別の——墓じまいを依頼していない——檀家のお墓を誤って全撤去してしまったのである。
「お墓参りに来たら、うちの墓がない」という事態になったわけだが、幸いにも撤去から2〜3日後に当の檀家が参拝に訪れたことで発覚。石材店側が作業前に写真を撮影していたため、「これが御家のお墓である」という証拠を示すことができ、石材はすべて元の状態に戻された。
A住職は当時を振り返り、こう語る。
「もし発覚がお盆の参拝シーズンだったら、と思うとぞっとします。石材が保管されていたこと、そして写真の記録があったことに本当に救われました。それがなければ、ご遺族の方に信じていただけなかったかもしれません」
この経験から生まれた「ダブルチェック」の習慣
このトラブルを機に、A住職は石材店との連携方法を見直した。同姓の檀家が複数いる場合はもちろん、すべての案件において「住職と石材店の担当者が現地で目視確認し、お互いに口頭で該当のお墓であることを確認してから着手する」というルールを徹底するようになったという。
霊園管理において、確認不足は取り返しのつかない事態を招きかねない。「決めつけ」や「おそらくこちらだろう」という思い込みを排除し、書面・写真・現地確認の三重構造で管理体制を整えることが不可欠であると、この事例は示している。
葬儀件数を9倍に伸ばした「丁寧さ」という戦略
トラブルの話とは対照的に、A住職の成功体験として特筆すべきは葬儀件数の飛躍的な増加である。かつて年間10件前後だった葬儀が、現在では年間70〜80件規模に達しており、個人として受け持つ葬儀と合わせると年間170〜180件に上る年もあるという。
その原動力となったのは、特別な広告戦略でも大規模な設備投資でもない。「お参りを丁寧にする」——ただそれだけのことであった。
丁寧な関わりを積み重ねた結果、地元の葬儀社から「葬儀を紹介させてほしい」と声をかけられるようになった。寺院の側から営業をかけるのではなく、信頼の積み重ねが自然な紹介へとつながったのである。
葬儀が増えることで生まれる好循環
葬儀の件数が増えれば、その後の法事も増える。また、葬儀を縁としてお墓を購入してくださる方も現れる。「葬儀を受けること」は単なる一時的な収益源にとどまらず、その後の檀家との長期的な関係構築のきっかけになる——A住職はこの好循環を身をもって体験してきた。
「メモを取る習慣」が生む、深い人間関係
A住職がもう一つ実践していることが、檀家との会話をメモに残す習慣である。お子さんの名前・年齢・学校の部活動・ご職業といった何気ない情報を記録しておき、次の法事の際に「もう7歳になりましたね」などと自然に触れる。
「ちゃんと覚えてくれていたんだ」という感覚は、お寺への信頼感を静かに、しかし確実に高める。
この習慣が生まれたきっかけについて、A住職は率直に語った。
「この家と盛り上がった記憶はあるのに、何を話したか思い出せない。それが続いて、申し訳ないという気持ちからメモを取るようになりました。自分自身の問題として必要を感じたんです」
また、戒名授与の際には会話を録音し、その方の人生のエピソードや入院中の状況、お亡くなりになった時の詳細などを文字データとして残すことも続けている。法事のたびに参照できるこの記録が、その後の丁寧な関わりを支えているという。
なお、「3年前の他愛もない会話を突然持ち出したら、なぜそんなことまで覚えているのかと驚かれてしまったこともある」と苦笑しながら話してくれた。何でもメモすれば良いというわけではなく、相手との関係性や話の重みを見極める感覚も大切なようだ。
墓地の多様化と、これからの選択肢
A住職の寺院では、宗旨を問わない墓地運営のほか、近年は樹木葬も導入しており、問い合わせは増加傾向にあるという。「墓じまいをして、納骨堂に移りたい」という相談も増えており、時代の変化を肌で感じていると話す。
インタビューでは、「お墓を見に来た方が納骨堂という選択肢もあると知ったとき、別の形を求めて帰ってしまうよりも、ラインナップとして揃えておく方が機会損失を防げる」というアドバイスも交わされた。参拝者のニーズが多様化する中、複数の埋葬形態を柔軟に提示できる体制づくりが、今後の寺院経営において重要な視点となってきている。
今後の展望——「葬儀に依存しない」次のかたち
多くの葬儀をこなしてきたA住職だが、「このまま葬儀中心の運営をずっと続けることはしんどい」と率直に語る。現在は収益を蓄えながら、保有する土地に何らかの施設を建設するプランを検討中だという。
「今は葬儀が多い時期を稼ぎ時として活かしつつ、いずれは人手に頼らない形で寺院を支える仕組みを作りたい。今できることをやっておかないと、いつ何が起きるかわからない」
少子高齢化がピークを迎える10年ほど後には、葬儀件数自体が落ち着くとも言われている。今の繁忙期を将来への投資として活用しようとする姿勢は、先を見据えた寺院経営の一つのモデルといえるだろう。
おわりに
A住職の歩みを振り返ると、華やかな施策よりも「丁寧さの積み重ね」が、寺院の信頼と収益の両方を支えてきたことがわかる。お参りを丁寧に行う、会話をメモする、確認を怠らない——こうした地道な実践が、やがて葬儀社からの紹介、法事の増加、お墓の購入へとつながっていった。
一方で、墓じまいのトラブル事例が示すように、管理の「抜け」は一瞬で信頼を崩しかねない。好事例と失敗事例の両方から学ぶことで、より堅牢な寺院運営の基盤が築かれていく。
時代の変化に向き合いながらも、根本にある「人との関係を大切にする」姿勢を貫くこと——それがA住職の実践が私たちに伝える、最も大切なメッセージではないだろうか。





