「遺言書があるのに、どこに行っても相手にされなかった」――そんな言葉を残しながら、疲れ果てた顔でやってきた依頼人がいました。
相続の手続きは、一見するとシンプルに見えて、実際には複数の法的問題が複雑に絡み合うことがあります。特に、遺言書に不備がある場合や、相続人の中に判断能力に問題がある方がいる場合、通常の手続きでは対応しきれないことも少なくありません。
今回は、ある行政書士の先生が実際に関わった相続の事例をもとに、複雑な状況をどのように突破していったか、そのプロセスをご紹介します。
■ 事案の概要――認知症の妻と、メモ書きの遺言書
依頼の発端は、ある男性の死でした。相続人はその妻と、知人男性の2名。ところが、妻は認知症を患っており、法的な手続きを行う際には「後見人」を立てなければならない状況でした。
さらに問題だったのが、亡くなった男性が残していた遺言書の状態です。正式な遺言書の要件を満たしておらず、法的には「遺言書」として認められない可能性のある、いわばメモ書きのようなものでした。
依頼人はそれを持っていくつかの窓口を回りましたが、どこでも相手にされなかったといいます。役所の窓口では「このことはアドバイスできるが、あちらのことは分からない」という縦割りの対応。とある士業の専門家には「この遺言書では手続きは進められない。最終的には後見人を立てなければならない」と言われ、かなり疲弊した状態で先生のもとを訪ねてきたのです。
■ 視点を変える――「遺言書」ではなく「死因贈与契約書」として
先生がそのメモ書きを読んだとき、気になった点がありました。確かに「遺言書」としての形式要件は満たしていないかもしれない。しかしその文書には、「これをあなたにあげる」という意思が明確に記されていました。
「生前に『これをあげる』と言っていたのであれば、これは死因贈与契約書にあたるのではないか」
死因贈与とは、「自分が死んだときに、この財産をあなたに贈る」という贈与契約の一種です。遺言書とは異なる法的位置づけであり、要件も異なります。
この視点の転換が、解決への糸口となりました。
■ 弁護士との連携――裁判所の「検認」へ
先生はその判断をもとに、信頼できる弁護士のもとへ相談に向かいました。
弁護士の見立ては、「裁判所に遺言書として提出し、検認を求める価値がある」というものでした。検認とは、遺言書の存在と内容を裁判所が公式に確認する手続きです。書類の有効性を担保するうえで、重要な意味を持ちます。
結果として、裁判所の検認を通過することができました。「使えないはず」だったメモ書きが、法的な効力を持つ書類として認められた瞬間です。
■ 遺言執行者として、手続きを前に進める
検認が取れた後、先生自身が遺言執行者として依頼を受け、手続きの実行に移りました。
まず、銀行関係の手続き。次に、不動産の登記です。
ここでまた、新たな問題が浮かびました。遺言書の中には「私の不動産を差し上げます」と書かれていたものの、どの不動産を指しているのかが特定されていませんでした。
「特定の不動産しか持っていないと事実確認できていたとしても、書類上の特定がなければ登記は難しい」――協力した司法書士の先生もそう指摘しました。
■ 司法書士との協働――上申書で乗り越えた登記の壁
この問題を解決するために、先生と司法書士が共同で対応策を講じました。
他の関係者から同意を得る、補足書類を作成する、上申書(裁判所や登記所などに対して事情を説明する書面)を活用するなど、複数の手段を組み合わせることで、不動産の特定と登記の完了に至ることができました。
「その方が実際に所有していた不動産はそこだけだ」という事実を積み上げ、それを書面として丁寧に示すことで、最終的な登記が実現したのです。
■ 売却まで完了――チームプレイで一人の相続人を救った
登記が完了した後、不動産の売却先も決まりました。
最初に「使えない遺言書」と言われ、何度も扉を閉じられてきた依頼人が、最終的に財産を正式に受け取ることができた――この結末は、決して偶然ではありません。
行政書士、弁護士、司法書士という異なる専門性を持つ3者が、それぞれの役割を果たしながら連携したことで、一見不可能に見えた案件が解決へと向かいました。先生はこれを「チームプレイで一人の相続人を救った」と表現しています。
■ この事例から学べること
この事例には、相続を考えるうえで大切な教訓がいくつも含まれています。
第一に、「最初に相談した窓口がすべてではない」ということです。縦割りの対応や、一方向からしか見ない判断では、解決できる問題も解決できないことがあります。視点を変え、異なる専門家の意見を聞くことが、突破口を開くことがあります。
第二に、「手書きのメモにも、法的な可能性が宿ることがある」ということです。遺言書の形式要件を満たしていなくても、「死因贈与」という別の法的解釈が成立する場合があります。重要なのは、その書類を「使えない」と諦めるのではなく、あらゆる可能性を検討することです。
第三に、「専門家の連携が、複雑な案件を解決に導く」ということです。行政書士、弁護士、司法書士はそれぞれ異なる業務範囲を持ちますが、適切に連携することで、個々では対応しきれない問題を乗り越えることができます。
■ 相続は、準備が「一番の備え」
もっとも理想的なのは、こうした複雑な問題が起きる前に、相続に備えた準備をしておくことです。正式な遺言書を残すこと、財産の内容と所在を明確にしておくこと、信頼できる専門家を生前から決めておくこと――それらが、残された家族の負担を大きく減らします。
相続・終活は、「まだ先のこと」と思いがちですが、問題が起きてからでは手遅れになることもあります。今回ご紹介した事例のように、困難な状況でも道を開いてくれる専門家の存在を、早めに見つけておくことをお勧めします。
■ まとめ
「使えない遺言書」と言われたメモ書きが、弁護士・行政書士・司法書士の連携により、裁判所の検認を経て法的効力を持ち、最終的に不動産登記・売却まで完了した――この事例は、相続における「諦めない姿勢」と「専門家チームの力」を象徴するものです。
複雑な相続案件でお困りの方、あるいは「今のうちに準備しておきたい」という方は、ぜひ相続・終活の専門家へのご相談をご検討ください。




