- 予期せぬ危機の訪れ:残された時間はわずか
人生の幕引きを意識するとき、多くの人は「自分の財産を愛する人に託したい」と願います。しかし、その願いを法的に有効な形にするには、厳格なルールをクリアしなければなりません。
ある日、行政書士のもとに舞い込んだのは、まさに一分一秒を争う切実な依頼でした。
入院中の90代の男性(以下、A様)は、感染症による入院から容体が急変し、医師から余命いくばくもないことを告げられていました。
A様にはお子様がおらず、長年連れ添った奥様と二人三脚で歩んでこられました。しかし、ここには大きな法的リスクが潜んでいました。それが「兄弟相続」という問題です。
もしA様が遺言を残さずに亡くなった場合、法律の規定では、相続権は奥様だけでなく、A様の兄弟にも発生します。A様のご兄弟とは長らく疎遠で、交流も途絶えていました。
このままでは、A様が亡くなった後、奥様は全く面識のない親族と遺産分割の協議を行わなければならず、最悪の場合、住み慣れた家や生活資金を巡る争いに巻き込まれる可能性があります。
- 「危急時遺言」という極限の選択
通常、遺言書は本人が自筆で書く「自筆証書遺言」か、公証役場で作成する「公正証書遺言」が一般的です。
しかし、ベッドに横たわり、ペンを握る体力も残されていないA様にとって、これらは不可能な選択肢でした。そこで専門家が提案したのが、**「危急時遺言(ききゅうじゆいごん)」**です。
これは、死の危険が差し迫っている場合にのみ認められる特殊な遺言方式です。作成には、専門家を含む証人3名以上の立ち会いが必要となります。病院のベッドサイドという緊迫した状況の中、A様は意識を振り絞り、自身の意志を口頭で伝えました。
「すべての財産を、妻に」。
その言葉は、長年支えてくれたパートナーへの感謝そのものでした。専門家は、A様の発言を一言一句聞き取り、事前に準備していた書面に間違いがないか、証人とともに確認を進めました。本人は署名すら困難な状態でしたが、証人3名が署名・押印することで、法的な形式を整えました。
- 手続きの裏側:裁判所による厳格な調査
危急時遺言は、書面を作って終わりではありません。そこからが専門家の腕の見せ所です。作成後20日以内に、家庭裁判所へ「確認の申し立て」を行う必要があります。
この過程では、裁判所から非常に厳格な調査が入ります。調査官が病院を訪問し、本人の意思に間違いはなかったか、周囲による不当な誘導はなかったか、当時の意識状態はどうだったかといった聞き取りが行われます。ソースによれば、A様は遺言の話をした際、「自分はまだ死なない、退院してから書く」と最初は渋るほどの気概を見せていたといいます。その「意志の強さ」こそが、認知症などではなく、本人の正常な判断能力を証明する一助となりました。
また、危急時遺言には「作成から半年間生存した場合は無効になる」というルールがあります。これはあくまで非常時の特例であり、元気になったら改めて普通の遺言を書き直してください、という趣旨の法制度です。
- 事務手続きを超えた、人としての寄り添い
遺言書が完成してからわずか10日後、A様は静かに息を引き取られました。まさに、法的手続きが死の瞬間に間に合ったのです。
行政書士の仕事は、ここで終わりではありませんでした。奥様もまた90代と高齢で、身寄りが周囲にいない中、専門家は葬儀の手配、さらには火葬への同行まで行いました。これは通常の行政書士の業務範囲を大きく超えていますが、「身近で気軽に相談しやすい事務所」というミッションを掲げる池先生ならではの対応でした。
遺言書があったおかげで、その後の預金解約や施設の手続きも、疎遠な兄弟のハンコを求めることなく、奥様一人の意思でスムーズに進めることができました。
- 専門家からのメッセージ:諦めないでほしい
「もう時間がないから」と諦めてしまうケースは少なくありません。しかし、この事例が示すように、死の縁に立たされていても、法的に想いを残す道は残されています。
相続は、単なるお金の移動ではありません。残される人が、その後も穏やかに暮らしていくための「最後のギフト」です。迅速な対応と、依頼者の歩幅に合わせた丁寧なサポートがあれば、どんなに困難な状況からでも、未来への道筋をつけることができるのです。
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