はじめに
現代の日本において、宗教法人は信仰の拠点であると同時に、税制上の優遇措置を受ける特殊な法人格でもあります。近年、後継者不在や経営難に直面する宗教法人の「売買(M&A)」を巡る動きが水面下で活発化していますが、その実態には多くのリスクと、行政による厳しい監視の目が向けられています。
今回は、宗教法人の法務に精通したある専門家の知見を基に、宗教法人の譲渡を巡る業界の不都合な真実と、葬儀社などの民間企業による墓地経営参入の裏側にある「名義貸し」の問題について、深く切り込んでいきます。
宗教法人売買(M&A)の不都合な真実
宗教法人の「売り」や「買い」に関する情報は、インターネットや一部のブローカーを通じて流布されることがありますが、専門家によれば、その実態は決して推奨されるものではありません。
- 行政による監視の強化と通報義務
現在、宗教法人を所管する文化庁は、実態のない法人格の売買を強く警戒しています。専門家によれば、文化庁から行政書士会などの専門職団体に対し、「宗教法人の売買に関する情報があれば、速やかに通報するように」という要請が出されているのが現状です。
これは、反社会的勢力の介入や、単なる節税目的での法人格悪用を防ぐための措置です。専門家が法人名や具体的な情報を把握した場合、公的な立場から行政への報告が求められるほど、監視の網は狭まっています。そのため、安易な気持ちで「休眠状態の法人格を売りたい、あるいは買いたい」と相談しても、法的なリスクに直面する可能性が極めて高いのです。
- 「非課税の優遇」という誤解と税務リスク
宗教法人を買い取ろうとする側の最大の動機は、その非課税枠という優遇措置にあります。しかし、専門家はこれに対して「金銭的なメリットはほとんどない」と断言します。
最大の問題は、譲り受ける側と譲る側の「宗教(教義)」が異なる場合に生じる税務上のトラブルです。例えば、仏教系の法人格を買い取り、全く異なる教義の活動を始めたとしても、税務当局からは「宗教活動の実態がない」とみなされ、優遇措置が否定されるリスクがあります。また、法人の主たる事務所を移転したり、規則を変更したりする手続きには膨大な時間と労力が必要であり、その維持費用を考えれば、ビジネス上のメリットは極めて限定的です。
- 行政が推進する「売買」ではなく「解散」
現在、多くの自治体の宗教法人窓口では、いわゆる「不活動法人(活動実態のない法人)」の相談に対して、売買ではなく「解散」を強く勧める方針を徹底しています。
専門家によれば、窓口を訪れると、担当者から「売買は認められないので、解散の手続きを進めてください」と、非常に強い姿勢で指導を受けるのが一般的です。これは、実態のない法人数を減らしていくという国全体の大きな動きの一環であり、法人格を「商品」として扱うことへの明確な拒絶反応とも言えます。
民間企業の参入と「名義貸し」の危うい境界線
次に、葬儀社などの民間企業が自前で墓地や納骨堂を運営したいと考え、宗教法人の枠組みを活用しようとするケースについて考察します。
- 「代表役員」の資格と実態
墓地の経営許可を得るためには、原則として宗教法人格が必要です。そのため、民間企業が既存の宗教法人の代表権を掌握しようとする動きがあります。
しかし、多くの宗教法人規則では「僧侶の資格(宗籍)」が代表役員の条件となっていることが少なくありません。このハードルを越えるため、企業の社員が一時的に僧侶の籍を取り、形だけの弟子入りを経て数年後に代表に就任するといった、極めて巧妙な手法が取られることもあります。しかし、こうした手法はあくまで形式を整えているに過ぎず、宗教活動の実態が伴わなければ、後に大きな問題を招く可能性があります。
- 「名義貸し」か「委託」か
お寺の土地の中で葬儀社が納骨堂や墓地の運営を代行する場合、それが「正当な業務委託」なのか、それとも違法な「名義貸し」なのかが常に問われます。
専門家によれば、その境界線は「宗教法人が経営にどれだけ関与しているか」という度合いにあります。
- 正当な委託: 販売の窓口や管理の実務を葬儀社に委託し、お寺が最終的な経営方針や供養のあり方を決定している場合は問題ありません。
- 名義貸しの疑い: お寺側が経営に一切口出しできず、土地と名前だけを貸して収益を得るような状態は、名義貸しとみなされるリスクが非常に高くなります。
実質的な経営権が完全に民間企業に移ってしまい、宗教法人が「看板」だけを提供している状態は、行政からの許可取り消しや、社会的信頼の失墜を招く「危うい橋」を渡っていると言えます。
これからの寺院運営に求められる誠実さ
宗教法人のM&Aや民間企業との提携話には、常に「信者は救われるのか」「その宗教活動に大義はあるのか」という問いが欠かせません。
- 専門家の役割:あえて「お節介」に
宗教法人の法務を支える専門家は、単に書類を作成するだけでなく、依頼主が正しい道を進んでいるかを厳しく見極める役割を担っています。 「資料の中には偉くなった気分になる者もいるが、常にお客さんに対して謙虚でありたい」と語る一方で、専門家はあえて「お節介」を焼くことで、後の行き違いや法的トラブルを未然に防ぐ姿勢を大切にしています。
- 結論:透明性のある運営こそが最大の防衛策
宗教法人を取り巻く環境は、かつてないほど厳しくなっています。行政は実態のない法人の整理を急ぎ、不透明な資金の流れを監視しています。
このような時代において、お寺や神社を守り続けるための正解は、法的な裏口を探すことではなく、法令遵守(コンプライアンス)を徹底し、地域住民や信者との信頼関係を再構築することに他なりません。 「墓地のことなら、宗教法人のことならこの人に」と言われるような専門家の力を借りつつ、遠回りであっても最短ルートの「正しい手続き」を踏むこと。それこそが、歴史ある法人を次世代へ引き継ぐための、唯一にして最善の戦略なのです。





