伝統の格付けと経済のリアル:次世代の寺院経営戦略

はじめに

日本の伝統文化を象徴する「お寺」という存在。しかし、その門の内側では、現代社会の厳しい経済原理と、古くから続く「寺格(お寺のランク)」という誇りが複雑に交錯しています。

今回、ある由緒正しき寺院の住職が明かした対談内容を基に、一般には決して語られることのない葬儀業界の経済的な仕組みと、伝統を守りながらも変革を迫られる寺院の未来像について、徹底的に紐解いていきます。

 

・格式という名の誇りと、経営の現実的な「苦しみ」

多くの寺院には、宗派によって定められた「自覚(寺格)」というものがあります。今回取り上げる住職のお寺は、ある地域において「別格本山」という極めて高い地位にあります。

歴史的価値と「名ばかり」の危機

そのお寺の格は凄まじく、全国的に知られる超有名寺院と比較しても遜色ない、あるいはそれ以上の地位にあるとされています。実際に、ある有名な観光寺院では「50年に一度」しか公開されないような貴重な秘仏と、全く同型の尊像を安置しており、その歴史的価値は計り知れません。

しかし、どれほど格が高く、貴重な宝物を守っていても、それだけでお寺の経営が成り立つわけではありません。住職が引き継いだ当初、その格式とは裏腹に、年間の葬儀依頼はわずか数件から12件程度という「ドベに近い」状況でした。

 

・葬儀業界の「経済的実態」――マージンの不都合な真実

お寺が葬儀を執り行う際、現代では葬儀社からの「紹介」が大きな割合を占めます。ここには、施主からは見えにくい不透明な経済構造が存在しています。

  1. 都市部を襲う「50%〜60%」の中抜き

住職が市場の最前線で体験したのは、一部のネット系葬儀仲介サービスや大手葬儀社による、驚くほど高いマージンの仕組みでした。

都市部において、お寺と付き合いのない(檀家ではない)層をターゲットにした紹介サービスでは、施主が支払う「お布施」の50%から、時には60%までもが仲介手数料として差し引かれる実態があります。お寺側に残るのは、総額の半分以下。残りは集客を代行した企業の利益となります。住職はこの状況を「わけのわからんマージンを引き水のように取られていく」と表現しています。

  1. 業者や地域によって異なる「手数料」の形

一方で、すべての業者がこのような高いマージンを取っているわけではありません。業界内には、いくつかの異なる経済モデルが存在します。

  • 自治体などが関与する葬儀: 特定の自治体が提供する公的な葬儀サービスでは、マージンが一切発生せず、一定の金額(例:通夜・葬儀で20万円)がそのままお寺に渡る仕組みがあります。
  • 伝統的な「線香料」による調整: 一部の大手葬儀社では、「線香料」という名目で数万円(1〜2万円程度)を手数料として設定しています。お寺から葬儀社にその費用を渡し、葬儀社は「お寺からの供え物」として現物の線香を施主に渡すという、角の立たない形が取られています。
  • マージンなしの優良な地域密着型: 特定の会館などでは、マージンを一切取らず、正当なお布施をそのままお寺に届けるという、古くからの信頼関係に基づいた運営も残っています。
  1. 信頼構築による「価格交渉」の柔軟性

住職は、ブランディングを保ちつつも、施主の経済状況に合わせて柔軟に対応する重要性を説いています。例えば、若手の僧侶が勤める場合には「本来はこの値段ですが、今回はこの金額で下げさせていただきます」といった提案を自ら行うこともあります。

こうした「言い値」ではなく「寄り添い」の姿勢を見せることが、結果として葬儀社や施主からの高いリピート率を生んでいるのです。

 

・持続可能な寺院運営への転換――住職が描く「未来の設計図」

現在、この住職は年間80件近い葬儀を一人でこなすほど多忙を極めています。しかし、この状況が永遠に続くとは考えていません。

  1. 「葬儀依存」からの脱却

住職は、現在の葬儀中心の多忙な日々を「あと10年ほどで落ち着く、あるいはしんどくなる」と予測しています。心身の負担を考えれば、自分一人で葬儀を回り続けるモデルには限界があります。

そこで、現在の「労働集約型」のモデルから、お寺が持つ資産(土地や歴史的価値)を活かした新たな価値提供へとシフトしようとしています。

  1. 現代のニーズに応える「供養の選択肢」

伝統的なお墓だけでなく、現代人が選びやすい、管理の負担が少ない供養の形を次々と導入しています。

  • 樹木葬の成功: 3年ほど前から導入している樹木葬は、非常に高い関心を集めています。「墓じまいをして樹木葬へ」という現代的なニーズに対し、お寺が応えることで、新たな縁を築いています。
  • 納骨堂(ロッカー式など)の活用: お墓を持たない、あるいは維持が困難な層に向けて、ロッカー式の納骨堂などのラインナップを用意することの重要性を検討しています。選択肢を幅広く用意することで、他の寺院に流れることなく、そのお寺で永続的な供養を任せてもらえるようになります。
  1. お寺を「コミュニティの拠点」へ

住職の構想は、供養だけに留まりません。お寺が所有する土地を活用し、何らかの「施設」を作ることで、葬儀以外の目的でも人々が集まれる場所を作ろうとしています。

また、YouTube運営などの新しいメディア活用に長けた若い僧侶らとも協力し、お寺の認知度を高める試みも行われています。伝統を重んじる本山の仕事と、現代的な発信を使い分けながら、次世代のお寺の形を模索しているのです。

 

結論:信頼を資産に変え、伝統を未来へ繋ぐ

業界のマージン問題や檀家離れといった厳しい現実に直面しながらも、この住職が成功している理由は明白です。それは、不透明な業界構造を恨むのではなく、それを「体験」として受け入れ、その中でいかに「自前のご縁」を育てていくかに注力したからです。

「あんたのところだったら(お墓を)買うわ」と言ってもらえる関係性を築くこと。そのためには、たとえマージンを引かれたとしても、目の前の一人ひとりに対して丁寧にお参りし、家族の話をメモに残して何年後も寄り添い続ける。

この「地道な信頼構築」と、時代のニーズに合わせた「戦略的な柔軟性」の融合。これこそが、格式あるお寺を100年後、200年後へと繋いでいくための、唯一無二の羅針盤となるのです。

 

関連記事

  1. 早瀬靖恵弁護士(大阪府)

  2. 発達障害の子どもへの対応:幼稚園運営の新たな挑戦

  3. 岩岡竜磨弁護士(大阪府)

  4. 生活保護の葬儀とお一人様葬儀の現実:知られざる実態

  5. 安田理香司法書士(兵庫県)

  6. 寺院でのヨガ教室運営―宗教活動と収益活動の狭間で